この時期、あの風景、あなたは何を考える?

青年雇用集会のときもそうだったんだけど、バスや電車で長時間移動するときに風景をずっと見ながら考え事をするのが好きだ。なぜかもの悲しくなったり、人生とか世の中のこと深く考えたり、「何でこの風景を見ながら、こんなことを考えてしまうんだろう?」ってのが結構ある。すばやく目の前を通り過ぎていく風景を見ていると、適度な刺激とリラックスのなかで、物事を考えやすくなるのか?
 陸上の長距離を学生時代やってたとき、2時間から3時間(最長は5時間)、キロ7〜8分というものすごいゆっくりのペースで長時間走るLSD(ロング・スロー・ディスタンス)というトレーニングが大好きで、それによる効果を期待するのはもちろん、チームメイトとは、普段できないような深い話を、また一人のときはゆっくりいろんな事を考える機会としても活用していた。ゆっくり、ゆっくり景色を見ながら走っていると、細かな季節の変化とか、町のつくりとかがリアルに感じられてとても楽しい。大学のある柴田から村田の菅生インターのあたりまで行き、蔵王の山並みを眺めながら、「宮城の小京都」蔵が立ち並ぶ通りを抜け、白石河畔で寝そべる牛どもが迎える船岡まで帰る。新緑眩しいこの時期、最高の楽しみだった。風景と同時に前述のとおり、考え事をする楽しみも加わるから、気分壮快この上ない。
 これには科学的根拠があるそうで、非常にゆっくりなペースで走ることにより、毛細血管が拡張し、頭の働きがスムーズになること、また軽度の心拍数の増加という、適度な緊張、刺激のおかげで、考え事をするには絶好の環境であると、女子マラソンの第一人者、増田明美さんは言っている。多くの市民ランナーはこの「ランニングによる瞑想状態」を利用し、日々のストレスを発散しているのだそう。
 さて学生時代とは打って変わって、今では全く走らない、コレステロール黄色信号発令中のぼくだけど、「歩きながら」風景を楽しむことは忘れていない。この前、故郷の新潟に帰ったときも、新潟市内を5時間程かけて(もちろん休憩はあるよ)散策した。地元は長岡だから高校生くらいまでは新潟市に縁が無かったが、宮城に移ってからは、新潟から仙台に向かうのも、その逆も新潟駅前からだから、途端に新潟市内に関心が向くようになった。だから帰省したとき市内をゆっくり散策するのが1年のうちでもビッグイベントになってしまった。
 新潟は今では北朝鮮による拉致事件万景峰号の入港に関わるトラブルなど、マイナスイメージが付きまとっているけど、開港5港の一つで、北前船の寄港地として栄え、今では環日本海交流の拠点として発展している一大港湾都市だ。また日本一の大河、信濃川の河口をもち、昔は船運を支えた堀が町中に張り巡らされた「水の都」である。今年の春には本州日本海側初となる政令指定都市になり、サミットの労相会議も決定し、新潟の玄関として日々発展している街である。(こうしたことが、新潟中越地震による風評被害に苦しむ県民への一助となればいいと思う)街中は海外との交易が盛んだった面影を残し、異国情緒あふれる建造物が今なおたくさん残っており、また戦災を免れたため(しかし原爆投下地の候補であった!)、昔ながらの港町といった風情も残る、本当にきれいな街である。堀は昭和39年の新潟国体のときに残念ながら埋め立てられてしまったが、その堀の両端にあった柳並木は健在で、堀が活躍していたときを思い起こさせるようだ。信濃川河口近くにある萬代橋御影石でできた6連アーチが特徴的な国の重文であり、新潟のシンボルである。
 いつもぼくは新潟駅を降りるとこの橋を渡り、上述の柳並木と下町が残る新潟一の繁華街「古町」に出かける。アーケード街のふるまちモールや目抜き通りの柾谷小路は新しいビル群が立ち並び、そこを少し外れると、細い路地に伝統ある料亭が軒を連ねる8,9番町。この辺りは、古い街並みが残っており、まさに新旧融合の街である。古町は新橋、祇園と並ぶ三大芸妓の町であり、料亭街には夕方になると芸妓さんたち(新潟では「ふりそでさん」と呼ぶ)が華やかな衣装で、石畳の通りを歩いてる姿を目にすることができる。
 新潟に来ると(いつも昼時に着く)午後の明るい時間は街を散策し、夕暮れの、そろそろ客を迎える準備を整える料亭街を横目に見ながら、萬代橋から日本海に落ちる真っ赤な夕日を目に焼き付けて、新潟駅から長岡に帰る、というのがいつものパターンである。
 みなさんにとっての好きな風景、またそれを見ながら考えること、思い出などぜひ聞かせてほしいと思う。